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東京地方裁判所 昭和34年(特わ)485号 判決

被告人 王漢勝 外二名

主文

被告人王漢勝を懲役八年に、同李明徳を懲役四年に、同江再地を懲役五年に処する。

未決勾留日数中各一二〇日を夫々右本刑に算入する。

訴訟費用中証人富田文枝、西納小代子(一、二回)根本やいに支給した分は王漢勝、江再地の平等負担とし、証人片岡弘吉、高橋信章、通訳人岡田明久に支給した部分は王漢勝の単独負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

第一、被告人王漢勝は

(一)  王清和と台湾海峡に沈没した阿波丸の引揚に関するサルベージの仕事に従事中、王清和より昭和三三年一〇月初頃実は香港の張占生なる者より、香港から送つて来る麻薬の日本への輸入行為を手伝つて貰い度い旨の依頼を受けているが、売捌先に困るので若し引受けて貰えないとすれば、張の申出を断る外ないが、右麻薬を引受けて貰えないかとの旨の話を受けるや、王清和が張等と共に香港より麻薬の密輸入の話合をしているものの王清和としてはその麻薬の引受先に不安がある為確定的に決意し兼ねて迷つていることを知乍ら、右申出を引受け、以て王清和をして張及び同人を通じて、マーシャル・レイ・ウイルモットと共謀して法定の除外事由なく営利の目的を以て、昭和三三年一一月二一日右ウイルモットに於て軍用機を利用し麻薬である塩酸ジアセチルモルヒネを含有する粉末十袋約一瓩を香港から東京都西多摩郡所在米空軍横田基地に秘かに搬入して輸入する決意を確定的に生ぜしめて麻薬密輸入を教唆し

(二)  右のことがあつてから香港の張占生からは更に再三王清和に対して割符を送つてよこし、前回通り香港よりの麻薬の日本への密輸入に手伝うことを依頼して来たが、王清和は恐怖心よりこれを断つていたところ、被告人王漢勝は昭和三四年二月中頃から王清和に対して電話で前回同様の方法で再度香港より麻薬を日本へ密輸入せられたい旨強く要請し以て王清和が、前同様張、マーシャル・レイ・ウイルモット等と共謀して法定の除外事由なく昭和三四年三月二八日右ウイルモットに於て軍用機を利用し麻薬である塩酸ジアセチルヒネ粉末六袋約二一一一・〇九九瓦入り木箱一個を香港より東京都西多摩郡所在米空軍横田基地に密かに搬入して輸入する決意を生ぜしめ以て麻薬密輸入を教唆し

(三)  中国人であるところ

(1)(イ) 旅券に入国審査官から出国の証印を受けないで昭和三二年五月一三日頃兵庫県姫路港より乗船し本邦外の地域である香港に向け出国し

(ロ) 有効な旅券又は乗員手帳を所持しないで同年六月末頃香港より乗船し同年七月九日頃神奈川県横浜港に上陸して不法に本邦に入り

(ハ) 同年七月九日頃右(1)の(ロ)の通り不法に本邦に入り神戸市に居住していたが、その上陸の日から六〇日以内に居住地の神戸市葺合区長に対し登録の申請をしないで右期間をこえて本邦に在留し

(2)(イ) 旅券に入国審査官から出国の証印を受けないで昭和三三年一〇月二七日頃兵庫県神戸港より乗船し本邦外の地域である香港に向け出国し

(ロ) 有効な旅券又は乗員手帳を所持しないで昭和三四年一月一三日頃香港より乗船し同年一月一八日頃大阪府大阪港に上陸して不法に本邦に入り

(ハ) 同年一月一八日頃右(2)の(ロ)の通り不法に本邦に入り神戸市に居住していたが、その上陸の日から六〇日以内に居住地の神戸市葺合区長に対し登録の申請をしないで右期間をこえて本邦に在留し

第二、被告人李明徳同江再地は法定の除外事由がないのに共謀の上江再地に於て

(一)  昭和三三年一一月二二日頃東京都中央区日本橋通り三丁目六番地旅館乃もとに於て王清和より麻薬である塩酸ジアチルモルヒネを含有する粉末十袋(約一瓩)を譲受け

(二)  同日頃同所より前記麻薬を神戸市内に運搬して所持し

第三、被告人江再地は法定の除外事由がないのに昭和三四年三月二九日東京都中央区八重洲二丁目三番地中央ホテルに於て、王清和に対し麻薬の譲受方を申入れた上同人と同道して同所より同都千代田区丸の内二丁目一番地東京駅構内迄赴き同所に於て右王清和より麻薬である塩酸ジアセチルモルヒネ粉末六袋二一一一・〇九九瓦を譲受けようとしたが右王清和及び同人に右麻薬を引渡すことになつていたマーシャル・レイ・ウイルモットが麻薬取締官等に逮捕されるに至つたためその目的を遂げなかつた

ものである。

(証拠の標目)(略)

(弁護人の主張に対する判断)

(1)  訴訟法に関するもの

(A)  安平弁護人、中垣弁護人は王清和の別件麻薬取締法違反被告事件の公判調書は元々別件であつて本件に対する関係では刑事訴訟法第三二一条第一項第一号の裁判官面前調書に該当しないのみならず仮にこれに該当するとしても王清和自身の供述速記には署名押印がなく且つ王清和は当公判廷で事実上供述を拒んでいるに過ぎず従つて前の供述と異つた供述をした場合に該当しないから刑事訴訟法第三二一条第一項第一号書面に該当しないと主張するところ成程右公判調書には被告人の署名又は押印はないけれども、法が被告人の署名又は押印を要するとした趣旨は、畢竟その記載内容の正確性を担保せんとしたものであると解すべきところ、公判調書は一般に公開の法廷に於ける出来事について作成せられ且つ調書の記載事項についての異議の申立の制度も認められているのでその訂正の申立がない以上は内容の正確性については欠くるところがないものと解せられ、従つて署名又は押印がなくともあると同様の効果を持つものと解すべきであるし、同条には格別当該被告事件につき作成せられた裁判官面前調書に限る趣旨に解すべき根拠がないから別件公判調書も矢張りこれに入るものと解すべきものである(昭和二九年一一月一一日最高判決集八巻一一号一八三四頁)而して被告人以外の者が事実上供述を拒んでいる場合には実質的に見るときは前の供述と異つた供述をしているものと同様に取扱うのが相当である(昭和二八年六月一九日最高判決集七巻六号一三四二頁)から此の点についての弁護人の主張は採用しない。

(B)  安平、中垣弁護人は王清和は公判廷で証人として反対尋問に対しては黙秘しているから同人の証言は憲法第三七条第二項が保障している反対尋問を経ないものであり、従つて証言は証拠とすることが出来ないものであると主張するけれども、王清和は必ずしも反対尋問に対して全く黙秘したわけでなく、主として麻薬の引受先が誰であつたかを明示しなかつたに過ぎず反対尋問に対しても本件犯罪の輪廓や情況的事実については可成り詳しく証言をしていたのであるから全く反対尋問を経ないものと云うことは出来ないのであり従つて此の点についての弁護人の主張も採用し難い。

(C)  中垣弁護人は王清和の検察官に対する供述調書に関して、特信性がない旨主張するけれども、王清和は当公判廷に於ては重要なる点に関しては言いたくない旨述べ同人が供述したくない理由は明示しないが、同人が王漢勝の密出国の事実について特に王漢勝の許可を得て証言している情況から見て、王漢勝が後ろに居る法廷に於ては真実を述べることを憚る気持があるものと解する外ない(当裁判所は証言中被告人王漢勝を退廷させたとしても王清和は問題の点については到底証言しないと認めたので退廷させて証言させる方法をとらなかつた)から検察官に対する供述の方が特信性はあるものと認めざるを得ないものと云うべきである。

(2)  事実認定に関するもの

(イ)  昭和三三年一一月の件については麻薬であることの証明がないとの点について(安平、中垣、小幡弁護人の主張)

成程一一月の件については、現物も押収されていないし、これが流れて行つた末端についても確実なる証左はないので、形式上は右物件が塩酸ジアセチルモルヒネを含有する粉末即ち麻薬であつたことの証明がないようにも解せられる。

しかしながら、昭和三三年一一月二二日の件と昭和三四年三月二九日の件とは決して切離された別個独立の無関係な取引でなく、王清和の証言その他前掲各証拠を綜合すると、香港の輸出先、運搬を担当した米軍人、日本側に於ける直接の受取人(日本側の引受人も同一と解せられることは後に認定する通りである)等が同一であるのみでなく、その手段方法も全く類似する取引であり、而も右第二回目の取引は第一回目の取引を前提としてこれと全く同様の取引をする意図の下に行われたものであることは前記証拠(王清和は王漢勝から前の取引の時と同じものをやつてくれとの依頼があつたことを供述している)に依り明らかであるから、この事情に更に後記の様な諸般の情況事実を参酌して綜合的に判断すれば、第二回目の取引の物体が押収され鑑定の結果塩酸ジアセチルモルヒネを含有する麻薬であつた以上第一回目の密輸入の物体も同一のものであつたと推定することは実験則上決して無理なことではない。このように考えると、必ずしも目的物が存在しなくても、それが所謂麻薬であつたことを認定することは社会通念上差支えはないのである。

右に述べた情況事実として注意すべきものとしては(a)江被告人は乃もとに前認定の日に宿泊したことが瀬下花代の検察官に対する供述調書に依り明らかであるに拘らず、これを殊更秘していること、(b)王清和の供述に依ると江は東京駅待合室での受渡を拒み宿に持つて来て貰つていること、(c)品物の重量が軽いものであるのに、代金として二百万円近くが送られていること、(d)張文[木叢]の証言に依ると江再地はその後神戸三宮駅附近で氏名不詳者を介して張に対し麻薬を大量に譲渡していること

(ロ)  王清和の証言乃至検察官に対する供述調書の信憑性について(安平、林弁護人の主張に対して)

本件では例えば市外電話の交換証、第二回目の取引の現物等物的な証拠も決して少しとしないけれども、何と言つても王清和の証言乃至同人自身の公判に於ける供述検察官に対する供述調書が最も重要な証拠をなしていることは争の余地のないことである。ところが王清和自身は所謂共犯者的地位に立つ者であるところ、共犯者の一人の供述を他の共犯者の事実認定について補強証拠として採用し得ることは既に判例も出ていることで今更喋々を要しないが、問題はその証言又は供述の信憑性の点である。本件に於ても若し王清和の証言又は供述が信憑性のないものであるならば、事件は完全に空中楼閣であつたことになるのでこの点については殊に慎重に検討する必要があることは云うまでもない。とこで王清和の自供の経過をつぶさに調べると、彼は当初は(昭和三四年四月八日、同月一五日、同月二五日)麻薬の出所、取引の態様についても検察官に対して別の供述をしていたものの(供述に動揺があることは必ずしも全部について信憑性がないことを意味しない)昭和三四年五月二〇日頃からは略一貫した供述をし(しかもそれには裏付事実がある)極めて真摯な態度で、自己の従来の過ちを率直に認めていたことが窺はれるのであつて、ただ本件の証人としては、後ろに被告人等が居るため人情上なるべくその不利なことは明言を避け、殊に王漢勝に対しては従来の交際関係や同人から責任を追求されたくないために肝腎の点になると証言を拒否したに過ぎないもので、その供述するところは、(例えば王漢勝の密出国の事実をなるべく隠そうとした為に前後の話の関係で行き掛り上真実に反することを述べたことは別として)、大体の筋に於ては真実を述べていたものと解せられる。彼が王漢勝、李明徳、江再地について述べていることも、決して彼が自己の責任を免れ又は減軽する為に他人を真実に反して引き込んだと認められる点はない。何故ならば王清和は自己の犯罪事実については完全に自供してその罪責を引受ける覚悟を示して居り、当裁判所が言渡した懲役六年罰金五十万円の判決に対しても不服を申立てることなく服罪している程であるし、王漢勝、李明徳、江再地を引込むことに依つて自己の責任が減軽せられると考えるべき合理的な理由はない。只保釈の点で検察官に迎合した供述をして保釈の同意を得んとする可能性は考え得るけれども、左様な場合には、供述は真実性を欠くから供述内容に符合すべき裏付事実がないのが普通であるのに、王清和の場合は供述内容に符合する裏付が可成り揃つているから(例えば長距離電話に依る連絡、代金送付関係、乃もとの宿泊関係)同人が全く架空のことを述べて検察官に迎合し、以て自己の保釈については好意的取扱を得んとしたものとは到底考えることが出来ないのである。成程王漢勝及び李明徳と王清和との電話に依る連絡内容についての具体的な裏付資料はないけれども、王漢勝が主張するようにサルベージの件のみに関するものでなかつたことは片岡弓八死亡後昭和三四年五月頃孫雪樵が来日する迄はサルベージに関する交渉はあまりなかつたとする片岡弘吉証人の証言に依つて窺知し得るし、李明徳の関係では同人が住友銀行三の宮支店を通じて住友銀行神田支店の王清和の口座宛に三回送金したことを認めていることに依つても王清和のこの点についての供述が架空のものでないことが窺い得るのである。却つて王漢勝の行動に関しては、彼が本件麻薬事犯に全く関係がないものとすれば、到底理解することが出来ない客観的な事実が証拠に依つて証明せられているのであつて、これと王清和の供述とを対比して綜合的に考察すれば、前認定の様な結論に落着かざるを得ないのである。即ち王漢勝の行動中本件麻薬事犯との関連を暗示する客観的な事実としては(a)王漢勝が自宅や李明徳の住居、デラックスが家宅捜索を受けた直前五月一〇日自宅を出たまま家宅捜索の事実を知り乍ら自宅に帰らず大阪在の隠れ家に住んで居所をくらまし自宅に寄り付かなかつたこと、

(b)王清和が二回目に麻薬を受取る直前逮捕された際王清和の安否を気遣う電話が王漢勝宅から王清和宅にかかつていること(電話交換証及び下田幸子の証言)

(c)王漢勝の妻が王清和の警察に於ける取調状況殊に三月二九日の電話連絡の件について特別の関心を持つて王清和の妻から王清和の供述内容を探り出そうとしていたこと、(下田幸子の証言及び電話交換証)

(ハ)  外国人登録法第三条違反は新規入国者のみに成立するとの点について(林挺生弁護人)

林弁護人は本件の王漢勝の場合は新規に入国したものでなく、既に以前から神戸に居住していた者であるから法第三条には該当しないと主張するけれども、外国人登録法第一二条に依れば、「外国人は本邦を出国する場合(但し出入国管理令第二六条の規定による再入国の許可を受けて出国する場合を除く)には、その者が出国する出入国港において入国審査官に登録証明書を返納しなければならない」ことになつているから、正規の出国であつた場合には当然登録証明書は返還されており、従つて更に入国した場合には改めて法第三条に依り登録申請の義務を課せられることになるのであるから、法第三条は必ずしも弁護人の主張する様な意味の新規入国者だけに適用されるものでなく総ての入国者について(密入国者についても法三条の登録義務があることについては既に判例がある、昭和二八年一二月一五日名古屋高裁判決刑集六巻一九二九頁)適用があるものと解すべきである(同旨昭和二六年三月一九日大阪高裁判決、特報二三号五三頁)から弁護人の主張は採用しない。

(ニ)  李明徳、江再地に関する第二事実については、安平弁護人より、李明徳と江再地の譲受けの共謀について、「何時」「何処」で為されたかについて、何等証拠がないから、証拠不十分として排斥せられるべきものとの主張があるけれども、前掲証拠に依れば、李明徳は王清和より品物の引取りに来られたい旨電話で連絡を受け、在神戸の江再地に対し依頼して引取りの為上京したことがわかるから共謀は王清和から電話で李明徳に依頼した昭和三三年一一月二一日頃神戸に於て行われたものと見るべきであつて弁護人の主張は採用し難い。

尚弁護人は李明徳について、麻薬の運搬所持について共犯が成立するのは理解し難いと主張するけれども、前掲証拠に依れば李明徳は王漢勝不在中に於ける麻薬関係の事務処理を委せられていた結果、王清和よりの依頼に依り江再地を派遣したものであることが窺われるから、江再地の行う麻薬の運搬所持は、江再地単独のものでなく、李明徳の意を受けて同人と共に運搬所持する意味を持つものと解すべきであり、李明徳は云わば江を実行者として派遣したもの、即ち、李と江は一心同体の関係で運搬所持するものであるから共謀に依る運搬所持と認定するのが相当であつて弁護人の主張は採用し難い。

(ホ)  江再地に関する第三の判示事実については譲受の着手がないから未遂にはならない旨の主張について(中垣弁護人)中垣弁護人は江は王清和と共に東京駅構内に赴いたに過ぎず、王清和自身もまだ麻薬を入手していなかつたのであるから、王清和よりの譲受については着手もなかつたし従つて未遂罪をも構成しないと主張するけれども、江は王清和に対して麻薬の譲受の申込をし王清和もこれを承諾した上麻薬の存在する東京ステーションホテルに赴き、王清和は既に電話で打合せてあつたウイルモットから現物の引渡を受け直ちに同駅構内の喫茶店に待つている江に渡さんとしたのであるから譲渡、譲受に必要な行為としては現物の授受に極めて密着した行為があつたわけであり、従つて譲受についての広義の定型的行為があつたものとして着手はあつたものと見るのが相当である。(昭和三二年九月一八日東京高裁判決集一〇巻七号六二五頁参照)従つて此の点についての弁護人の主張も採用し難い。

(当裁判所が王漢勝について共謀共同正犯を否定して教唆を認定した理由)

検察官は「王漢勝は王清和、及びマーシャル・レイ・ウイルモットと共謀の上ウイルモットに於て軍用機利用により麻薬を輸入した旨」公訴を提起し共謀共同正犯の主張をしているけれども本件に於ては、王清和の検察官に対する供述調書同人の証言に依るも、王漢勝は当初から張占生や王清和と麻薬の密輸入について共同謀議を行つた形跡はなく却つて張占生から王清和に対して麻薬密輸入について手伝つて貰い度いとの依頼があつたところ、王清和としてはこれを引き受けてくれる相手方について確たる自信がなかつた為にこれを手伝う決意をするに到らず、当初は渋つていたが、張の強いての依頼に依り遂に王漢勝に、右の事情を打明けて引き受けてくれるか否かを問合せたところ同人が引き受けてくれる旨を答えた為に、いよいよ張占生の依頼に応ずる決意を固めてその旨を張占生に通知し張はそれに依りウイルモットを通じて密輸行為をしたと云うのであるから王漢勝の所為は、王清和に張占生の依頼に応じて麻薬を密輸入する決意を生ぜしめた点で密輸入の教唆となるのは格利張占生、ウイルモットと共同謀議したと云い得ないのは勿論王清和とも麻薬の密輸入を共同謀議をしたものとは見るべきでないと思料せられる。蓋し王漢勝は密輸入行為の構成要件的事実に共同加功していないのみならず、これに密接した行為に加功した事実もなく、更に密輸入の具体的方法等について王清和、張占生等と共同して研究討議し更に実行者を定めた様な事実もない以上は、王清和と張占生の間で先ず麻薬密輸入について話合があり、ついで王清和からこれを王漢勝に伝えて麻薬の引取方を交渉し、王漢勝が引受けたのでその事情を張占生に伝えて実行行為が行われたと云う関係にあつたからと云つて、直ちに王漢勝と王清和、張占生、ウイルモットとの間に麻薬密輸入の共同謀議があつたものとは云うことを得ない。何故ならば右の場合には事実をすなおに見れば王漢勝は他の人々の麻薬密輸を利用したに過ぎないと見るのが相当で検察官主張の様に単に王漢勝の引受がなかつたならば王清和は密輸入を承諾しなかつたであろうと云う因果関係(条件説的な因果関係)があることから逆に王漢勝が自ら密輸入する代りに王清和等をして行わしめるという共同犯行の意識まであつたとするには足りないからである。

判例が共謀共同正犯を広く認めている趣旨も畢竟二人以上の者が一心同体の如く互に相倚り相援けて各自の犯意を共同的に実現する場合には、仮令その一部の者のみが実際に直接手を下しその実行行為を行い他の者は単に謀議を行つたに過ぎない場合であつてもその謀議者は自己の手を下す代りに他の者の行為を利用する関係にあるからその謀議者も自己の犯意を実現したものとして共同正犯たる責任を負うべきものとするにあるから叙上の如き関係にある本件の場合に共同正犯の概念をむやみに拡張すべきでないものと云わなければならない。

刑法改正準備草案第二六条第二項が「二人以上で犯罪の実行を共謀し、共謀者のある者が共同の意思に基いてこれを実行したときは、他の共謀者もまた正犯とする」と規定した趣旨もまたここにあり、斯様な限界を越えていたづらに共謀共同正犯の概念を拡張する時は、教唆や従犯との区別を稀薄ならしめてしまうものであるから刑法の体系上からも妥当でない。第二回目の取引についても、王清和の供述調書等に依れば、張占生からは昭和三四年一、二月頃にも度々更に前回同様麻薬の密輸を手伝つて貰い度い旨の依頼があり、二回に亘り割符を送つて来たがこわいので断つていたところ三月頃に王漢勝より前回と同じ取引をしてくれとの依頼があつたので再び麻薬密輸入の決意をしたと云うのであるから、前回と同じ論法に依り、王漢勝については、麻薬密輸入の教唆となるに過ぎず、共同謀議ありとするには足りないものと認定せざるを得ないのである。

(法令の適用)

法律に照すに判示所為中第一の(一)(二)は麻薬取締法第一二条第一項、第六四条第一項((一)については第六六条をも適用)刑法第六一条第一項に、(三)の(1)(2)の各(イ)は出入国管理令第二五条第二項、第七一条に、各(ロ)は同令第三条第七〇条第一項第一号に、各(ハ)は外国人登録法第三条第一項第一八条に、第二の(一)(二)は麻薬取締法第一二条第一項第六四条第一項刑法第六〇条に、第三は麻薬取締法第一二条第一項、第六四条第一項、第二項に、夫々該当するところ各被告人にとつて夫々刑法第四五条前段の併合罪であるから同法第四七条第一〇条を適用して王漢勝については最も重い第一の(二)の罪の刑、李明徳、江再地については第二の(一)の罪の刑に夫々併合罪加重した刑期範囲内で(被告人等が大阪地方裁判所に起訴せられた関税法違反に付検察官側立証の都合上併合審理が出来なかつた事情を考慮して)被告人王漢勝を懲役八年に、同李明徳を懲役四年に、同江再地を懲役五年に処し刑法第二一条を適用して未決勾留日数中各一二〇日を右本刑に算入し、訴訟費用については刑事訴訟法第一八一条第一項を適用して証人根本やい、富田文枝、西納小代子(一、二回)に支給した分は王漢勝、江再地の平等負担とし証人片岡弘吉、高橋信章通訳人岡田明久に支給した分は王漢勝の単独負担とする。

よつて主文の通り判決する。

(裁判官 熊谷弘)

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